(78)神島開き百十年―出口聖師の女装と武内宿禰(たけのうちすくね)―

「愛善世界」誌掲載文等

今年令和八年は、大正五年の神島開きから百十年に当たる。二十年以上前、播磨灘(はりまなだ)に浮かぶ神島を(ひろ)(みね)神社〔祭神・素盞嗚尊(牛頭天王)など〕から見たことがある。

「ここに豊国姫命(とよくにひめのみこと)(ひつじさる)の金神様が御隠退になられたのか」と思い、兵庫県姫路市にある標高二百六十メートの広嶺山山頂の廣峯神社から、真っ直ぐ先に見えた神島の印象が今も強く残る。

『大本教学』15号
神島ノート(出口三平氏)一部

○神島開きの疑問と紀行歌

『愛善世界』(令和三年四月号)に、私の「神島開きを考える」が掲載されたが、疑問が二つ残った。

〔疑問一〕神島開きで、出口聖師が「()()()(ひめの)(みこと)」に扮しておられるとあるが、その出典は何か。

〔疑問1〕小和田姫命(豊雲野尊)に扮する出口聖師 大正10年1月 (愛善世界社『霊界物語』22巻)

〔疑問二〕神島開きに、記紀神話に出る「武内宿禰(たけのうちすくね)」がなぜ関与しているのか。

〔疑問2〕武内宿禰
が神島開きに関与

実はその疑問に直接、関係するお歌に、つい最近出会った。私はいつも車の中で自分が拝読した霊界物語の録音を聞いているが、参拝者読込歌に「神島開き」に関するものがあったので驚いた。

『愛善世界』令和3年4月号「神島開きを考える」

それは、六巻附録の「第二回高熊山参拝紀行歌 王仁作」(大正十一年二月五日)の中にあった。歌に読み込んである参拝者名を除き、ルビをつけた。

()()()の神の御使ひ (たけ)(のうち)宿禰(すくね)()へ御魂

なか()き月日を送りまし 小松林と現はれて

          (略)

   伊賀()しき稜威(みいず)うしとら()の 隅にかくれて世を(まも)()き昔の()(うば) 神代一代耐へ忍び

   現はれ出でし沢田姫…奇しき神代の物語り」

この読込歌には、神島開きに関する三つのことが示してある。私が長く抱いていた疑問に直接、出口聖師に答えていただいたような不思議な気がした。

(一)武内宿禰(たけのうちすくね)が小松林と現れた。〔疑問二の答え〕

(二)(じょう)(うば)のことがあった。

(三)沢田姫が現れた。〔疑問一の答え〕

なお、(二)(じょう)(うば)に触れてあることで、直接的な言葉がなくても、この一節が神島開きに関していることがわかる。

「一○月四日(旧九月八日)には…四女の一二三(四才)と五女の尚江(一才)が、無心に松の枝でその辺を掃きだし、おのずから尉と姥との型をさせられた」(『大本七十年史下』三四七頁)

尉と姥 綾部梅松苑の大八洲神社に納められている。(大本七十年史下)

○女装・沢田姫の出口聖師

神島開きで出口聖師が女装されたのは、大正五年六月二十五日(旧五月二十五日)の一回目の渡島時と綾部に帰られて開祖と対面された六月二十八日である。加えて大正十年一月、綾部の神苑における写真がある(前掲)。

女装の出口聖師 大正5年6月25日(旧5月25日)

 女装が沢田姫であることの出典が、前述の「第二回高熊山参拝紀行歌(大正十一年二月五日)の「現はれ出でし沢田姫」でわかったが、大本信徒連合会の神島開き百周年記念参拝研修資料「神島の由来」中の「二.聖師御歌」(五○頁)にも神名が出ている。

「高砂の沖に浮かべる神島に()()()(かみ)は隠れ()しける」

 さらに、大正六年十一月二十九日の大八洲神社遷宮式紀事にも神名が出ている。

 「豊雲野尊の和魂(にぎみたま)()和田(わだ)(ひめの)(みこと)が神懸せられて…女性化せられて居た」

加えて、霊界物語二十二巻にも神名が出て来る。

(わらは)小和田(さわだ)(ひめの)(みこと)、亦の名は地蔵菩薩だ」(二十二巻八章「鬼の解脱」)

 地蔵菩薩については、六巻に地蔵尊が豊国姫命、つまり豊雲野尊であることが示してある。

「豊国姫命は…仏者の所謂(いはゆる)地蔵尊は即ちこの神なり」 (六巻二三章「万教同根」)

 このように沢田姫や佐和田の神、豊雲野尊の和魂(にぎみたま)()和田(わだ)(ひめの)(みこと)小和田(さわだ)(ひめの)(みこと)というように、表記に多少違いはあるが、「沢田姫」が、三巻で天使長沢田彦命の妻として出て来る。

神 島

○沢田姫の苦労を伝える

 金勝要之(きんかつかねの)(かみ)の自我心が強かったため、金勝要之神の和魂(にぎみたま)の高照姫命が地の高天原の天使長を追放され、その(あと)の天使長を、国祖の大神は沢田彦命に命じた。沢田姫はその妻である(三巻四五章「猿猴と渋柿」)。また、高照姫命の前任の天使長は国大立之命(くにひろたちのみこと)(=豊国姫命、神素盞嗚尊)の和魂(にぎみたま)大八洲彦命で、天地の律法を犯し追放されている(四三章「配所の月」)。

第3巻

 ところが、天使長沢田彦命は犠牲的精神に欠け、無責任にも天上に還り、猛悪な魔神にまで身を下す(四九章「袖手傍観」)。残された沢田姫は、苦労をして必死に活動する。

「神界幽界大改造の神業の一端にも奉仕せむと…女神の身魂をもつて、神代より今にいたるまで…大艱苦をなめ、必死の活動をつづけ」(四八章「常夜の闇」次も同)

 沢田姫に出口聖師が扮することで、神島開きの苦労が伝わる。そして、この苦労の花が咲く神代が近づいたと国祖の大神が続けている。

 「艮の金神ふたたび表に現はれて、五六七の神業を開始…苦労の結晶の花の咲き匂ひ、うるはしき実を結ぶ神政の世に近づける」

 あたかも、冠島・沓島開きによる国祖の大神の再出現と、神島開きでの沢田姫に扮した出口聖師との接点を感じる一節である。

YouTubeチャンネル 藤井盛
大本講座「冠島・沓島開き120年」

○みろくの大神たる出口聖師

 歌集『霧の海』を基にした「出口聖師の第二回目の高熊山修行」が『愛善世界』(平成二十七年十一月号)に掲載された。この中にも()()()の姫が出て来るが、様々な神に身を変える瑞霊たる出口聖師を理解することができる。

「『瑞の御霊』…宝珠を頭にした女神の姿…三つの玉が聖師の体内に入り…『ウーピーの神』『木の花姫』『()()()(ひめ)』『主の神の()(たま)』『言霊別』『白梅の君』と言われている」

『愛善世界』平成27年11月号「聖師の第二回目の高熊山修行」

 ここに出て来る木の花姫が三十三相に身を現じられ、また、五六七大神であること。つまり出口聖師がみろくの大神であることが示してある。

「木花姫は、神、顕、幽の三界に出没して、三十三相に身を現じ、貴賤貧富、老幼男女、禽獣虫魚とも変化し、三界の衆生を救済し…観世音菩薩…最勝妙如来ともいひ…穴太の里に、聖観世音を祭られ…瑞月は幼少の時より、この観世音を信じ」     (六巻二四章「富士鳴門」)

「木花姫の神様も矢張り五六七大神様の一部又は全部の御活動…天照大御神…棚機姫…木花咲耶姫…観世音菩薩…蚊取別、蚊々虎…素盞嗚尊…虫族…草木にも変現して万有を済度し給ふのが五六七大神様の御真相…五六七大神は大和魂の根源神』  (四十巻六章「仁愛の真相」)

YouTubeチャンネル 藤井盛
出口聖師の二回目の高熊山修行

 さらに入蒙記にも、出口聖師が弥勒最勝妙如来であることが示されている。

「神素盞嗚尊の聖霊…大八洲彦命…釈迦如来…二十九歳…坤金神豊国主命…観世音菩薩木花姫命…五拾弐歳…伊都能売御魂(弥勒最勝妙如来)となり…五六七の神世を建設」

「瑞霊…三拾歳…三十三相木花咲耶姫…最勝妙如来…五拾弐歳…苦集滅道を説き」(入蒙記八章「聖雄と英雄」)

なお、大正五年の神島開きの折の大本神諭においても「五六七神(みろくのかみ)御霊(おんれい)」とのお示しがあった。

「未申の金神…素盞嗚尊と小松林の霊が、五六七(みろくの)(かみ)御霊(おんれい)…ミロク様が根本の天の御先祖様」    

(『大本神諭』大正五・旧九・九)

○肉体をもったみろくの大神

 さらに、天祥地瑞には、瑞の御霊、伊都能売神、つまりみろくの大神は肉体をもって経綸をされるとある。

「瑞の御霊の大神は…若返り若返りつつ…肉体を以て宇宙の天界に出没し、無始無終に其の経綸を続かせ」     (天祥地瑞七十三巻「総説」)

「伊都能売神と顕現し、大宇宙の中心たる現代の地球(仮に地球といふ)の真秀良場(まほらば)に現れ、現身(うつせみ)をもちて、宇宙更生の神業に尽し給ふ世とはなれり」  (七十三巻一二章「水火の活動」)

  つまり、出口聖師は、肉体をもたれたみろくの大神本体ということである。

「久方の雲井の空を後にして地に降りたる身魂は神なる」(言華『神の国』昭和三年七月号以下同)

天地(あめつち)肉体神(にくたいじん)を世に現じ人間界に交りて経綸(しぐみ)す」

人間の姿現じて世に()でし誠の人は神の顕現

 特に、出口聖師の肉体をみろくの大神が借りるというような、みろくの大神が出口聖師に懸かるという誤解をしないよう念を押しておられる。

「瑞霊を神の(うつ)りし肉体と誤解せる人(あわ)れなりけり」

「伊都能売の神と()れます人の子を神れると思う人間」

『言華』上巻

 なお、なお開祖については、国祖の大神が懸かられる御霊代とされ、出口聖師とは明確に区別されている。

「稚姫君命の霊性の御霊代(みひしろ)」(天祥地瑞七十三巻「総説」)

「国常立尊の大神霊(だいしんれい)は精霊界にまします稚姫君命の精霊に御霊(おんみたま)を充たし、予言者国照姫の肉体に来らしめ」         (入蒙記一章「水火訓」)

○神島開きの様々の経緯

 明治三十三年旧六月の()島開きは、国祖の大神の神示から始まっている。

「とつぜん『こんど二どめの世の立替えについて、冠島に参りてくだされよ』との神示があった」         (『大本七十年史下』二○七頁)

  そして、綾部に「冠島に行ったことがある」という人がいて、七月四日(旧六月八日)の冠島開きとなる。

 一方、大正五年の神島開きには、様々の経緯がある。大正五年(旧暦)の出来事を並べてみる。

三・一九 金竜海工事竣工〔→大八洲が神島とそっくり〕

四・五(三・三)聖師、橿原神宮、畝傍山に参拝〔→武内宿禰神懸かりにより神島を探す事となる(徳重高嶺氏日記昭六・一・八)〕 

四・一三 聖師の左頬より神島形の玉石

五・一○ 武内宿禰神懸かりのお軸(前掲)

六・五(五・五)神島発見(村野・谷前氏)

六・二五(五・二五)神島開き(渡島一回目)

九・八 聖師、神島で神宝(渡島三回目) 〔→二十二巻一八章「布引の滝」・一九章「山と海」初稚姫と玉能姫が宝玉を神島に埋蔵〕

十・五(九・九)聖師がみろく様の大本神諭(渡島四回目)〔→未申の金神、素盞嗚尊と小松林(=武内宿禰)の霊が五六七神の御霊(おんれい)

これらの出来事のうち、武内宿禰と霊界物語二十二巻について取り上げてみる。

◇武内宿禰について

 神島開きに、武内宿禰の神懸かり(四月五日及び五月十日)が関係しているが、大正五年十月五日(旧九月九日)の大本神諭で五六七神の霊とされた小松林が、六巻附録「第二回高熊山参拝紀行歌」により武内宿禰であることが示された。

 つまり、武内宿禰も三十三相に身を変じられるみろくの大神の一つの現れということになる。武内宿禰は、記紀神話において、神功皇后に厳瑞二霊の神懸かりがあった時の「さにわ」をしており、この「さにわ」をみろくの大神がなされたことになる。

「武内宿禰」
出口聖師筆

「その御名を知らまく欲し」とこへば

「こは天照大神(厳霊)の御心ぞ。また底筒男、中筒男、上筒男(瑞霊)の三柱の大神ぞ」             (『古事記』仲哀天皇)

 記紀神話や神島開きなどの具体的な出来事において、みろくの大神が、細かく身を変じて関わっておられるということで、我々にとってもより身近な存在として実感することができる。

 私が昨年六月、毒蛇ヤマカガシに咬まれ、普通であれば腎不全になるところを、みろく様たる出口聖師に夢で指圧を受けて助けていただいたことも、その実感の一つである。

◇二十二巻について

(わらは)小和田(さわだ)(ひめの)(みこと)、亦の名は地蔵菩薩だ」(二十二巻八章「鬼の解脱」)と同じ二十二巻に、出口聖師が渡島三回目で持って帰られた神宝の由来となる物語がある。

 言依別命から初稚姫と玉能姫は、二つの宝玉を神島に埋蔵するよう命じられる。

「金剛不壊の如意宝珠の玉と紫の玉を、瀬戸の海の一つ島に埋蔵する御用をお任せ致します」                          一八章「布引の滝」)

 そして二つの宝玉は童子、童女とともに岩穴に消える。

「初稚姫は金剛不壊の如意宝珠の玉函(たまばこ)を取り…五人の手の上に…童子は玉函と共に…岩の穴に消え…玉能姫は紫の宝珠の函を取り…三人の童女の手に…玉函と共に同じ岩穴に消え…二つの玉函、微妙の音声を発し、鮮光孔内(こうない)を照らして居る」(一九章「山と海」)

YouTubeチャンネル 藤井盛 神島(1)

 瑞霊・言依別命の「三十余万年の未来に…迎へに参ります」(一八章「布引の滝」)のとおり、出口聖師は三回目の渡島で、神宝を持ち帰っておられる。

「聖師さまは…一本松のあたりから、何か円いものを晒しに包んで持って来られました」(橋本福太郎回顧談『おほもと』昭和三十五年二月号)

霊界物語の世界が、現実世界とつながっているということである。    

 (令8・1・12記)〔『愛善世界』令和8年3月号掲載〕

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