~憲法改正をめぐって~
日本国憲法施行七十年目となった昨年五月の憲法記念日に安倍首相が九条改正を表明し、現在その作業が進められつつあるが、憲法改正運動を中心となって進める日本会議の運営は、生長の家創始者・谷口雅春氏の信奉者により行われている。
谷口氏の信仰観との対比のなかで、平和に関する大本の教えをまとめてみた。
(以下敬称略)
〇霊界物語上の実在人物
出口王仁三郎聖師が口述著者である『霊界物語』には、実在の人物をその名前を少し変えて登場させ、世評とは違う真の姿を明らかにしている。
平民宰相と言われた原敬が『霊界物語』では敬助に、また、山県有朋が片山狂介、安田銀行の安田善次郎が高田悪次郎、渋沢栄一の幼名が渋柿泥右衛門【註1】と示してあり、その悪行ぶりがユーモラスに描かれてある。
これらと同様、「鰐口曲冬」と命名された人物が霊界物語第五十七巻第一二章「三狂」に登場している。登場の場所は中有界、八衢の関所である。
【註1】敬助・片山狂介・高田悪次郎は第五十二巻第二四章「応対盗」。渋沢栄一は第四十七巻第一○章「震士震商」
○鰐口曲冬は谷口雅春
霊界物語には「鰐口曲冬」の来歴が記されている。まず仏教、その後旧約聖書を研究し、いずれも駄目だと思い三五教に入り、霊界物語の筆者をするものの脱会している。
その来歴及び「鰐口曲冬」の名前から、描かれたのは生長の家の創始者「谷口雅春」である。筆録者当時の旧名「正治」とその後の「雅春」への改名【註2】を見越しての「曲冬」、また、「谷口」が「鰐口」となっている。
大本七十年史上巻には谷口正治の項(六八七~六九一頁)がある。大正七年に大本に入り、天皇絶対論者の浅野和三郎【註3】の直系として文筆面で活躍し、霊界物語の筆録(第一、二巻)にも携わったが、大正十年第一次大本事件を機に、「立替え説の崩壊」が原因【註4】で大本を去っている。
【註2】「雅春」への改名は昭和四年。この第一二章の口述はそれ以前の大正一二年。
【註3】四七七頁
【註4】六九〇頁
○研究的信仰は慢心
また、霊界物語では曲冬の宗教に対する研究的態度が指摘されている。
曲冬は、「仏教は百合根のように何も無くなる」「聖書は売る(得る)ところも買うところもない」と研究結果を述べ、大本についても「変性女子の言行が気に入らない、いい加減なペテン」「変性男子の神諭の原書の文章が稚拙」と批判している。
こうした曲冬は、「仏は慈悲そのもの」「物質界の法則を基礎とした研究では、何もつかめない」「理知を捨て、意志を専らとして研究すれば、神の愛、仏の善、信と愛との光明がさして来る」と諭されるものの研究的態度を改めなかった。そこで、
「神の教えは、言葉の中に包含する密意を味わうもの、研究的態度を採るような慢心者には密意は示されない」「自然界の下らぬ学説に心身を蕩かし、虚偽をもって真理となし、優勝劣敗弱肉強食の制度をもって最善の方法と考える亡者は、真理の蘊奥は分らない」と言い渡されている。
また最後の場面で、曲冬は地獄行きと言われるものの、エンゼルの教えが耳に入るようになれば天国に行けると聞かされている。結局、曲冬が天国に行ったか地獄に行ったか不明なままで話は終わっている。
○天皇信仰と戦争協力
谷口は既に大本時代に「日本皇室が世界を統一しなければならない」(大正九・皇道霊学講話)と論じているが、「天皇への帰一すなわち忠なり」(昭和一五・生長の家)、また、日米開戦直後の著作には「大日本帝国は神国なり、大日本天皇は絶対神にまします」と圧倒的な天皇信仰を訴え、加えて、軍に戦闘機を献納し(昭和一七)、東京・赤坂の本部道場も軍に献納するなど教団を挙げて戦争に協力している。
戦後もこの姿勢は変わらず、国民主権の放棄と天皇主権、現行憲法の破棄と明治憲法体制への復古を主張している。「占領憲法下の日本」(昭和四四)にこうある。
・「天皇国日本」は日本民族が創作した世界最大の文化的創作
・天皇を統治の主権者として継承奉戴して来った、建国の理想と伝統とを、一挙に破壊放棄して、占領軍の力関係で、「主権は国民にありと宣言し」主張してまかり通って、その罷り通った憲法が今も通用している。
・現行占領憲法の無効を暴露する時機来れり‥本来の日本民族の伝統するところの国家形態に復古すること。【註5】
【註5】青木理著「日本会議の正体」平凡社新書(八二~八五頁)
〇日本会議と谷口雅春
日本会議は平成九年に設立され、その設立大会では「憲法を変えなければなりません。芯が腐っていたのではこの国は立ち直れません」との会長式辞(塚本幸一ワコール会長)がなされている。つまり現行憲法を「日本人を腐らせる、日本の腐った芯」と言っている【註6】のである。
そして、現在この日本会議の事務総長を務めているのが椛島有三で、生長の家の学生組織の活動家出身である。また、同じく活動家出身者が、安倍首相筆頭ブレーンと呼ばれる伊藤哲夫である。
さらに「尊師谷口雅春先生の御教えを忠実に学び‥『本流の復活・天皇国日本の実相顕現』を目指」すとした「谷口雅春先生を学ぶ会」には、稲田朋美前防衛大臣や首相補佐官衛藤晟一などの首相周辺の政治家が参加している。【註7】
つまり、憲法改正の中心にある日本会議を運営しているのは、憲法改正を主張した谷口雅春の信奉者であり、信奉者はまた、安倍首相の周辺の政治家となっているのである。
こうしたなか、昨年五月三日の憲法記念日に、日本会議主導の大会に安倍首相がビデオメッセージを送り、自衛隊の条文を盛り込む憲法改正を訴えたのである。
【註6】山崎雅弘著「日本会議 戦前回帰への情念」集英社新書(六一~六三頁)
【註7】菅野完著「日本会議の研究」扶桑社新書(二三四~二三五頁)
〇人権を守り平和を守る
前に述べたとおり、谷口雅春は国民主権の放棄と天皇主権、現行憲法の破棄と明治憲法体制への復古に加えて、大日本帝国が神国であるとも述べている。
同様に、出口王仁三郎聖師も著作「道の栞」において、日本が神国であると述べているが、その神国は「国民の人権を守る日本魂の国」であり、谷口の主張する「国民主権の放棄」とは全く意見を異にしている。
・日本は神国であり、日本魂の国なり。
・日本は日本魂をもって建つる国なり。日本魂とは平和、文明、自由、独立、人権を破る者に向かって飽くまで戦う精神をいうなり。無理非道なる強き悪魔を倒して、弱き者の権利を守る精神なり。
〔明治三七年旧五月一三日神示。以下同じ〕
また、安倍首相が自衛隊の憲法への追加明記を主張しているが、軍備について同じく『道の栞』にこうある。
・軍備なり戦いは、みな地主と資本主とのためにこそあるべけれ。
・世の中に戦争くらい悪しきものはなく、軍備くらいつまらぬものはなし。
加えて、霊界物語には、
世界にあらゆる有形無形この二つの大なる障壁を取り除かねばなりませぬ。有形的障害の最大なるものは対外的戦備《警察的武備は別》と国家的領土の閉鎖とであります。又無形の障壁の最大なるものとは、即ち国民及び人種間の敵愾心だと思ひます。
〔第六十四巻上第五章「至聖団」〕
沢山の軍人を抱へて、武装的平和を高唱したりしてゐるのは、皆地獄の行方だ。
〔第四十七巻第一章「アーク灯」〕
と対外的戦備の撤廃とともに、安全保障関連法により軍事的バランスをとろうとする武装的平和が、地獄のやり方だと示してある。
また、大本は、戦前の昭和十年に当局から第二次大本事件という大弾圧を受けたが、その後昭和二十年に日本は敗戦となった。その年末、出口王仁三郎聖師は朝日新聞の記者からインタビューを受け、敗戦による日本の軍備撤廃が世界平和の先駆者であることを述べている。
これらは、今回、天皇信仰のもと戦争へ協力した谷口雅春の信奉者が運営する日本会議主導の大会において、軍備である自衛隊を憲法に明記するという安倍首相の主張とは相反するものである。
いま日本は軍備はすっかりなくなったが、これは世界平和の先駆者として尊い使命が含まれている。本当の世界平和は全世界の軍備が撤廃したときにはじめて実現され、いまその時代が近づきつつある。
〔「吉岡発言」朝日新聞・昭和二○年一二月三○日〕
〈後記〉
信仰が根底にある場合、教祖を絶対とすればするほど、その考え方や行動は揺るぎのないものとなる。
憲法改正を目指す日本会議を運営する人たちがそうした信仰的結束のなかにあることを知り、我々大本人も主の神への確固たる信仰と厳瑞二霊の教えに絶大な信頼をおくものとして、憲法を守る立場からこれをまとめてみようと思ったところである。
(平29・5・5記)
〔『愛善世界』平成30年9月号掲載〕
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